倒産急増の観光業が「人ごと」ではすまない理由~コロナ後に勝ち残る地方観光地をつくる処方箋~

 5月後半に内閣府が発表した1~3月期の国民経済計算1次速報によれば、実質国内総生産(GDP)は前期比マイナス1.3%、この成長が1年続いた場合の年率換算ではマイナス5.1%。2020年度は前年度比4.6%減で、統計上さかのぼれる1956年度以降で最大、事実上、「戦後最悪の落ち込みを記録」と話題になりました。

 

 主要因は個人消費の落ち込みですが、なかでも観光業の減速によるインパクトは大きいものがあります。コロナ禍以前の2019年、訪日外国人旅行消費額は年間4兆8000億円でしたが経済産業省の分析によれば、これが年間9割減少するとGDPを年0.8%程度押し下げる効果があるとされています。

 

 一方で2019年の国内旅行消費額はその4.5倍以上となる21兆9千億円。上記の影響試算方法を単純に当てはめて考えるとGDPの3%以上に貢献してきたものと考えられます。これが2021年1~3月期には2019年同月比で60%以上の減少を見せており、国内・訪日双方の旅行消費額の大幅な減少がGDPマイナス成長要因の半分近くを説明できることになりそうです。

 

■経営破綻スピード加速する観光業

 

 2021年6月中旬の現時点では国内での新型コロナワクチンの接種が完了するスケジュールはまだ見通せず、当面の間、人流を抑える政策が続けられる可能性が高い状況です。この人流を抑える政策は、「人流があること」を前提に構築されてきた観光業界に大打撃を与えています。

 

 Go Toキャンペーンによる下支えのあった2020年度でも、宿泊業者の倒産件数は過去最高の増加率である前年度比66.7%増(帝国データバンク)となりました。書き入れ時であるゴールデンウィークに2年連続で緊急事態宣言が発令され、例年より大きく観光客が減少するなかGo Toキャンペーンの再開も不透明な状況が続き、観光事業者の経営破綻のスピードは今後、加速しても不思議はありません。

 

 観光に携わる身としては当面、厳しい状況が続くことを前提に展開を考えざるをえないのです。

 

 急速な需要低迷に直面している観光業の現場はどのような状況か……。

 

 例えば従前、総来場者の30%前後が海外からのスキーヤーだった白馬エリアの2020~2021年シーズンは、前年比45%減と想像どおり惨憺たるものでした。

 

 この10年インバウンド・スキーヤーの取り込みでなんとか国内スキーヤーの減少をカバーしてきました。それがインバウンド市場の消滅により、国内若年層のスキー離れが着実に進んでいたことが露呈したシーズンになったといえます。

 

 1990年代を境に縮小傾向が続いている国内スキー市場ですが、2010年頃まではスキー・スノーボードに行く意欲の減退(参加率の低下)によって市場が急縮小してきました。それが今後は、参加率の高かった10代~40代の人口そのものが減少することで市場が小さくなることが確実視されています。

 

 一方、事業を営むうえで必須となる観光関連の施設の老朽化は年々進んでおり、更新に向けた投資が不可避なステージですが、この市況下、簡単な話ではありません。

 

 新しい観光コンテンツの造成が遅れていることも大きな問題でしょう。一部では新しい魅力的な施設が作られ集客に成功するケースもありますが、総じて見れば昔のままの観光地が大半で、若者から見て「わざわざ旅行に行きたい」と思わせるコンテンツが不足しています。

 

■観光地として魅力を失っていく地方

 

 さまざまなテクノロジーの進化によりレジャーの多様化が急速に進み、都会に居ながらできる非日常の体験もどんどん充実しています。観光地の施設や体験内容が昔のまま、もしくはそれより劣化している現状では若者が今後さらに観光に出向かなくなるのも不思議ではありません。

 

 観光・レクリエーション目的の国内宿泊旅行延べ人数は2013年の1.76 億人から、2040 年には1.49 億人程度まで減少すると見られています(国土交通政策研究所)。

 

 各地の温泉街や高原リゾートなどでは廃墟化しゴーストタウンのようになった一角も出ており、その存在が観光地全体の魅力を大きく押し下げているところも多く見られます。手をこまねいていれば、こうした光景が今後急増するでしょう。

 

 このような中長期的に見た国内需要の減少とインフラ老朽化に伴う観光地としての魅力低下は、コロナ禍関係なく観光業全般、特に地方では大きな課題として誰もが認識してきたはずですが、ギリギリになるまで危機感を持てなかった……現場の問題があったように思います。

 

 観光業の低迷は観光業に携わる人間だけの問題だとは言えません。観光地に人が出向くことは、観光事業者だけではなく、そこで消費される農林水産や加工など域内産業への貢献もあります。目的地までの輸送や途上での飲食・買物消費なども含めて考えると、波及効果の裾野は広い。

 

 これらの多くは労働集約型であって雇用維持効果も大きく、雇用所得がさらに消費を拡大させる二次波及効果が出やすい産業でもあります。実際、観光業があることによって地元経済が成立してきた地域も多いのです。

 

 この10年ほど盛んになっている地方創生の議論は、東京を始めとした都会での出生率がその他の地域と比べて著しく低いにもかかわらず都市部に人口が集中。これが国全体の人口減少を加速させ、国力低下に直結している……。この対策として地方の定住人口を増やすべき、というのが議論の発端の1つとなっています。

 

 地方の定住人口を増やすには結局のところ、その地方にどういう産業を栄えさせ、雇用を維持・拡大するのか、が最も重要な課題となりますが、この観点からも観光業の役割は小さくありません。

 

 事実、コロナ・ショック前、観光は日本の経済全体の成長に対し大きく貢献していました。例えば2012年~2016年にかけて、観光GDPは23.0%成長し、伸び率は輸送用機械とともにトップクラスになるなど、経済成長の主要エンジンに変化していたといっても過言ではありません。

 

 この観点から言うと、裾野の広い観光業の中長期的な低迷は、地域経済の疲弊によって人口減少を加速させ、国全体の競争力を減退させるリスクを大きくしていると考えられるのです。

 

■コロナ・ショック前も今も観光業に必要なこと

 

 コロナ・ショックという観光業にとって未曽有の危機にあたり、Go Toキャンペーンのような需要喚起策=短期的なカンフル剤を打つことで生き延びることも大切ですが、それだけで明るい未来はきません。来るべき人口減少時代に備え、観光業サイドが本格的に変質しなければならないことは山ほどあります。

 

 まずは、この苦しい状況だからこそ、稼ぐ力を上げるべく経営体制や業界構造にメスを入れること。

 

 これまでのように「家」と「業」が切り離されない経営体や、地域の名士だけが観光業の中心に居続けていては変われない。きちんと経営ができる事業者に任せるべき分野は任せ、分業すべき機能は分業してしっかりと規模の経済を働かせる。

 

 その上で、川上・川下に対する交渉力を強化し、顧客ニーズに即した正しいマーケティングを行うことが求められています。家業の延長ではなく、産業としてしっかりビジネスを展開することで地域の雇用を増やしていくイメージです。

 

 個々の事業者も従前の踏襲ではなく、人口減やレジャー多様化などを前提に経営のあり方を変えなければなりません。これまで不稼働・低稼働だった季節や施設の掘り起こしやコスト構造の抜本的見直しなど、稼ぐ力を付け直すことが不可欠でしょう。

 

 また、自治体などによるゾンビ的企業への救済策の見直しを進め、慢性的な供給過剰に起因した価格コントロール力の低さを回復することも必要です。こうしたことを実現するには、地方創生ファンドなど外部金融機関と地域金融機関が連携し、思い切った取り組みをバックアップすることが大事だと考えます。

 

 観光地をきれいに保つため、廃墟となってしまった建物や廃業して使われなくなる建物を積極的に自然に戻し、景観を良化させるエリアとしての努力、いわば「きれいなダウンサイジング」も有効でしょう。

 

 ただ解体は、それ自体ではキャッシュを生む投資ではないため誰が費用を負担するのかが問題となり、地元企業などが率先してやるのはなかなか難しいかもしれません。「誰かが最後綺麗にしてくれるので自分ではやらない」というモラルハザードを生みがちですが、そう言っている間にも人口減少社会がやってきて遅きに失する可能性があります。

 

 これには、2015年に制定された“空き家特措法”のスキームが活用できます。倒壊しそうなほど老朽化しているなど、外部不経済(経済活動の外側で発生する不利益が、個人や企業に悪い効果を与えること)が発生している建物を、自治体が所有者に代わり解体、適正に管理する。

 

 ほかにも、2020年度第2次補正で予算化された「既存観光拠点の再生・高付加価値化推進事業」で措置された「空き家撤去に対する補助」が活用できます。

 

 こうして観光地としての「稼ぐ力」を向上させながら、個々の観光事業者がそのキャッシュフローを原資に、若い世代も「旅行したい」と思うようなコンテンツ開発に必要な投資を着実に実行していくのです。

 

■若い世代にも響く観光資源掘り起こし

 

 この際、かつての補助金活用のケースでよく見られたような、どこにでもあるハコモノ(温泉施設や直売所など)を新たに作るのでは、レジャーの多様化が急速に進み、都会に居ながらできる非日常の体験を享受している若い世代は呼び込めません。

 

 必要なのは、その土地にしかないユニークでこれまで隠れていたような観光資源を掘り起こしていくこと。その土地の文化とも言える古い施設の建て直しやリノベーションは、その点において他地域との差別化の要素となります。

 

 補助金を活用し既存プラットフォームを生かすことで、ゼロベースで施設を建設するより低コスト投資で済む。そのうえ、元来そこにあるロケーションの良さなど「隠れた資産」も使えば、ほかにはない「娯楽スポット」を作ることは可能です。

 

 苦しい時期だからこそこうした努力を続けることのできる観光地だけが人口減少時代においても勝ち残っていくでしょうし、コロナ・ショック後にインバウンド市場が回復したとき、魅力的な観光地として日本の成長を支えるエンジンになれると信じています。

 

 

出典:東洋経済

https://toyokeizai.net/articles/-/434278