日本に来たら「和牛すし」 外国人が喜ぶニホンショク-

~しきたりより楽しさ重視、「爆食い」狙った新メニューとは~

  

2017年の訪日外国人(インバウンド)は2800万人を超え、消費額は4兆円を突破した。食欲も旺盛で、飲食への支出は今年1兆円規模にまで拡大する見通しだ。だが、彼らが求める日本食は「ワタクシ流」、日本人が考えるものとはちょっと違う。訪日客のお口に合うニホンショクとは?胃袋をつかむにはニーズに合わせた柔軟なアレンジも必要だ。

 

 インバウンドの不動の人気スポット、京都。市街中心部に17年10月開業した日本料理店「勝天―KYOTO GATTEN―」は、来店者の約8割が外国人だ。人気の秘密は和食のアレンジにある。

 

 天井からちょうちんがぶら下がる店内に足を踏み入れると、米国から訪日した30代のフォーリー夫妻がいた。妻のモーガンさんは「想像していた天ぷらとは違ったが、サーロインはリッチな味わい。串なら50本はいける」と興奮気味だ。

 

 2人が食べていたのは、串カツ感覚で食べられる「勝天串」(1本120円)。同店の定番メニューだ。天ぷらといえば魚介類だが、肉好きの多い外国人も楽しめるよう牛肉をメインに押し出した。

 

 肉によく合うのがビール。同店では宇治で栽培した抹茶をぜいたくに使った「抹茶ビール」も用意している。イタリア人のラビオ・フラッタさん(47)は「独特だね」と前置きしつつ、一気に飲み干していた。

 

 同店の運営会社、ゴリップ(京都市)の金栄鶴イノベーション部部長は「好立地を生かし、外国人客を意識した店構えやメニューにした」と話す。半分に切った断面から牛肉のジューシーさが伝わる天ぷら、カラフルなビール。ユニークなメニューは写真映えを意識したものだ。「ただ和食を提供するのではなく、日本の文化そのものを体験してもらいたい」

 

伝統的な日本食は魚料理が多いが、訪日外国人が求めるニホンショクはなんといっても、肉肉しい。すしも「肉化」してきた。多くの訪日外国人でにぎわうJR東京駅の地下街。和牛専門店の米沢牛黄木東京駅黒塀横丁店の看板で目を引くのは、ビーフスシ。そう、和牛をネタにしたすしだ。

 

 米沢牛を使ったローストビーフ寿司(3貫1200円)と大トロあぶり寿司(同1500円)の2種類を用意。同店の「名物の一つ」(岩下優介店長)で今や注文する人の約10%がインバウンド。生魚が苦手な人にも支持されている。同店は和牛のすしを多めに取り入れた「外国人限定」のコースも用意。メニューも英語と中国語に加え、韓国語版も作成しているところだ。

 

■線香花火でゴージャスに演出

 

 ところかわって東京・西麻布。地下へ階段を降りて扉を開けると、黒を基調とした店内に金やダイヤモンドのような飾りをふんだんにあしらった輝かしい空間が広がる。中国人観光客に人気の牛肉料理専門店「牛牛」だ。

 

 

「ワーオ」。線香花火でゴージャスに演出した和牛カルビを店員が運んでくると、上海から来日した女性など中国人7人は大喜び。スマートフォン(スマホ)を取り出し、楽しそうに動画などを撮影した。この日は個室で1人当たり9900円の豪華なコースを満喫。「肉も軟らかくておいしい」と満足げだ。

 

 牛牛は「食べる」よりも料理をエンターテインメントとして「楽しむ」よう演出することで、派手好きの中国人の心をつかむ。和牛をはじめ、食べるとステータスが上がるといわれる和食を、高級感を打ち出して用意。店内づくりも控えめな内装ではなく、中国人にとって親しみやすい派手さを取り入れた。

 

 すぐに飽きられるような一過性のブームというわけではない。11年に開店した同店はここ数年、着実にインバウンド需要が増加。中国の交流サイト(SNS)などで紹介され、今や来客の約1割が外国人になった。

 

 牛牛の酒井直昭店長は、「中国人は(価格が高めの)体験型コースを好んでいるので、単価アップにつながる」と説明する。

 

 7人グループの一人、上海在住の女性、王芳さん(54)。憧れの和牛をうれしそうに口に運びながら、金色の壁や赤いクッションなどの個室内を見回してこう語った。「ニホンの文化体験ができていいね」。なるほど、「日本らしさ」も見方によっては様々だ。

 

 

訪日外国人たちが独自の日本食を楽しむのは、飲食店だけではない。東京都江東区にあるマンション。ここに住む料理講師の松本彩さん(41)のテーブルに並んだのは手作り豆腐、シューマイ、天ぷら、塩こうじ鍋と、少し変わった組み合わせの「日本料理」だ。

 

 「好物全てを楽しみたい」と希望して松本さんと一緒につくったのは、米国人女性のバレリア・アンドリューズさん(52)と娘のタビタさん(19)。ベンチャー企業のタダク(東京・千代田)が東京地下鉄(東京メトロ)と組み、実証実験的に始めた訪日外国人向け料理教室に参加した。

 

 健康志向が強い親子。肉や野菜など材料は全て有機のものにこだわって選んだ。参加費は1人当たり1万4000円。かなりぜいたくだが、「こんな組み合わせで食べたかったし、とてもおいしかったわ」。店ではなかなかできない食経験に2人は大満足した様子だ。

 

 

お肉が大好き、食べるよりエンターテインメント、決まったコースやルールに縛られず気ままに楽しみたい――。訪日客の日本食へのニーズは様々だ。

 

 ドイツ出身の記者(35)は日本に来て12年。日本食にはすっかり慣れたが、ときどき日独風の料理を食べることもある。刺し身と一緒にご飯ではなくパンを食べたり、刺し身をパンにのせたり。生魚とパンは案外と相性が良くお薦めだ。伝統を守るのはもちろん大事だが、日本食を気軽に楽しんでもらうには大胆なアイデアがあっていい。

 

 

「日本の飲食店は価格設定が下手。安過ぎる」。こう指摘するのは中国出身で日本の飲食店に対しコンサルティングなどを手掛ける日本美食(東京・港)の董路最高経営責任者(CEO)。

 

 

 

 同社の調査によると、インバウンドのけん引役である中国人は来日時、夜の食事に平均1万6000円(2人)を使うという。高価格の食事は中国人が重視するステータスにもつながるのだそうだ。

 

 董CEOは現在、あるラーメンチェーンの運営会社に対して「5000円の豪華ラーメン体験」のメニュー化を提案している。有機野菜など厳選した高級食材を使った2500円のラーメンに加え、日本酒1杯(1000円)と麺のような手土産(1500円)という「非常識」のプランだ。

 

 えっ、5000円? ラーメンに日本酒? 董CEOいわく、提案先は「まだピンときていない様子」。だが、インバウンドから見れば、「高ければ高いほど、貴重な経験になると考えている人も多い」ため、5000円のラーメンコースには潜在的なニーズがあると強調する。

 

 価格設定だけではない。日本の飲食業界に詳しいライターの源川暢子さんは「伝統的な日本料理店もメニューや看板で英語表記をするなど、店に入りやすくなる工夫をもっとした方がいい」と助言する。

 

 観光庁の調べでは、訪日外国人は2017年、1人当たり約3万円を飲食に使った。ここ数年間、買い物の支出は大きな変動があるが、飲食費用は安定的に推移している。17年の全体の飲食費は8856億円。JTBの予測では18年に訪日客は3200万人に達する見通し。インバウンドによる飲食市場は1兆円規模に育つことになる。

 

 

 訪日外国人による「爆買い」は落ち着いてきたが、次は「爆食い」が活発になりそうだ。その需要を掘り起こすのは、まず日本の常識を疑うことから始まる。

 

出典:日経スタイル

https://style.nikkei.com/article/DGXMZO25936350Z10C18A1H11A01?channel=DF220420167277