「夜のスナックからねぶた祭りまで」売れるオンラインツアーの共通点

バスツアーや瞑想などのレジャーをオンラインで体験するプログラムに注目が集まっている。インバウンド観光業界に詳しい萩本良秀氏は、「各社はオンラインレジャーを一時的な代替手段ではなく、リアルとのハイブリッドなサービスとして提供している」という——。

四国のバス会社にテレビ取材が殺到

「瀬戸は~ひぐれて、ゆうな~みこ~なみ♪」。

 

瀬戸大橋を渡る車窓からの風景を眺めながら、バスツアーの参加者たちが合唱する。香川県高松市から島根県浜田市に向かう日帰りツアーの一場面だ。しかし、実際には一行はバスに乗っていない。自宅など自由な場所からオンライン会議システム「Zoom」で参加できる、琴平バス(コトバス)のオンラインバスツアーが快走している。

 

「めざましテレビ」「アッコにおまかせ」「ワールドビジネスサテライト」からローカルニュースまで連日テレビの取材が殺到、NHKを含むすべての全国ネット系で紹介された。ソーシャルメディアでは、DRONE FUNDの千葉功太郎代表が「ナイスすぎる企画!まさにwithコロナ時代新事業」、ヤフーの川邊健太郎社長は「可能性しか感じない!」とコメントするなど、IT業界の重鎮たちから絶賛された。メディア効果で6月は全日程完売、7月、8月催行分も追加発売された。

 

香川県琴平町に本社を置く琴平バスは、新型コロナウイルスの影響で、3月には四国各都市間の高速バスや貸切バスがすべて運行停止となった。楠木泰二朗社長が従業員の大半を一時帰休とし、雇用調整助成金の手当てなどに腐心する中で、オンラインツアーを発案したのは30歳の山本紗希執行役員だ。知らなければ20代の若手社員と見まがう彼女は、ツアーでは自らプランナー「さきちゃん」としてガイド役を務める。

 

 

◆参加費は4980円、通常のバスツアーの3分の1

「石見神楽鑑賞と現地旅行会社がご案内する地域の魅力」ツアーの参加費は4980円。通常のバスツアーの3分の1で、前日までに送られてくる島根の地酒「のど黒」、のどぐろほぐしの瓶詰め、あかてんといった名産も代金に含まれる。ツアー当日は午前10時集合。Zoomの使い方説明や参加者の自己紹介が終わると、ドライバー役の「なかちゃん」がエンジン音を再生してバスを発進。画面には車窓の風景が移り変わっていく。

 

ご当地クイズ大会やサービスエリア休憩を経て、程なく日本海側の島根県に到着。通常は4時間以上かかる移動時間をスキップできるのも、オンラインツアーのメリットだ。浜田駅前では横断幕を掲げた観光協会職員と現地旅行会社のスタッフがライブ中継でお出迎え。

 

三宮(さんぐう)神社では普段は公開されていない内部を、このツアーでは特別に見学できる。ハイライトとなる島根県の伝統芸能「石見神楽(いわみかぐら)」鑑賞は、新型コロナウイルスの影響で公演中止の時期も、浜田市観光協会の協力により収録映像で実現した。笛や太鼓囃子に合わせて、金糸銀糸を織り込んだ大蛇が舞台に登場、迫力の舞いが15分間画面に映し出される。最後の目的地「道の駅ゆうひパーク」道の駅に立ち寄り(紹介されたお土産はネット注文もできる)、夕日を鑑賞してツアーは1時間半で終了。

 

 

◆オンラインだからこそ一緒に旅をする「仲間」になれる

見る、遊ぶ、食べるといった本来の要素をオンラインで極力再現したこのツアーでは、参加者全員の顔が画面に映し出される。通常のバスツアーでは同行者以外は他人だが、ここでは一緒に旅をする「仲間」として、初対面ながらコミュニケーションを楽しめるのが、一番の魅力なのではないか。楽しかったが1時間半は短すぎる、ということでリピーター化するファンもいるという。

 

6月には第2弾ツアー「日本三大秘境・祖谷渓絶景旅」も開始。外出自粛の中、留学生の修学旅行をオンラインでできないかとの要請を受け、うどん作り体験が外国人に人気の「中野うどん学校」とのコラボで、オーダーメイドツアーを10日間の準備期間で実施した。

 

通常のバスツアーでは顧客の平均年齢は63歳、オンラインバスツアーでは49歳だという。国内旅行のボリューム層である団塊の世代が高齢化していく中、これまでバスツアーにはなじみがない新たな顧客層も開拓できた。日頃は遠くて行けない観光地もオンラインで気軽にお試し参加できれば、その先リアルツアーの見込み客につながる期待もある。

 

以前より、難関の認定試験に合格したうどんマスターの専任ドライバーが、地元人に人気の讃岐うどん店を案内する「うどんタクシー」など、ユニークなサービスを展開してきた琴平バス。バスの運行再開後もオンラインツアーは実施し続け、日本に来ることができないインバウンド客向けのツアーも新たに企画していくという。

 

 

◆夜の街に代わり「オンラインスナック」が人気に

「オンラインスナック! あなたの名前を占ってもいいですか?」「東大博士号ママの【オンラインスナック】」「【オンラインスナック】120分マンツーマンでお話しませんか?」。

 

体験ツアーを提供する「TABICA」上には、現在100を超えるオンラインスナックが「開店」している。サイトを運営するガイアックスTABICA事業部は、新型コロナウイルスによる体験ツアーの予約キャンセルが相次ぐ2月中旬、新サービスとしてオンライン体験をいち早く開始した。当初は認知度も低く予約が伸び悩んだが、学校休校やイベント中止が相次いだ3月、外出を手控え家で過ごす人々の自粛疲れが広まると、その受け皿となるかのように、オンラインスナックの予約が増えていった。

 

スナックといっても実際の店舗は必要ない。自宅からZoomでつないで、旅行や動物などママが好きなテーマでお客さんと語り合うオンライン飲み会で、実際にはお酒を飲めない人や女性のお客さんも少なくない。料金も数百円と手ごろなため、一晩に何軒もはしごする常連客もいる。最初は会社員など素人ママが中心だったが、昭和から続く老舗スナックのママなどプロも参入しはじめ、ついには両者共同で8人のママによるはしご酒イベントに発展した。

 

 

◆アメリカやカナダからも「リモート観光」が人気

「【オンライン英語雑談会】英語初心者も歓迎! 日本語ちゃんぽんOK」は、現在では満員御礼にもなる人気ぶりだ。だが、2月24日に「TABICA」第1号オンライン体験プログラムとして公開された当初は全く申し込みがなく、「短命に終わりそうな体験でした」と、学びing(RailfanGuide)の斉藤常治代表は振り返る。著書の『AirbnbやTABICAオンライン体験の作り方』(RailfanGuide文庫)では、オンライン体験の創成期から各マッチングサービスが参入してきた業界の動きや、事務職OLが人気ママとなり転職と結婚を機に引退する手記まで、オンライン体験業界事情を詳しく明かしている。

 

緊急事態宣言の対象が全都道府県に広がると、オンライン体験参加者はさらに増えていった。5月5日の子どもの日には、「親子でオンライン体験フェス」を実施。7500人が申し込み、自由に外出できない家族ニーズを捉え、6月、7月と毎月連続開催の人気企画となった。5月29日は箱根湯本芸能組合による「芸者とオンライン飲み会“Meet Geisha Online Drinking”」が英語対応で実施され、アメリカやカナダからの参加者がリモート観光を楽しんだ。

 

7月31日~8月2日に開催される「#オンライン青森夏まつり」では、新型コロナウイルスのため中止となった青森ねぶた祭りや弘前ねぷた祭り、八戸三社大祭などの夏祭りが一同に会し、1000人で踊る跳人体験やお囃子演奏、ミニねぶた作りなどが双方向で楽しめる体験ブースが100以上用意される。開始から半年足らずのオンライン体験は、今年は夏祭りが次々と開催中止となり一度は落胆した地方の人々に、希望を取り戻させるプラットフォームになろうとしている。

 

 

◆開始1カ月で売り上げ1000万円超えの「デジタルキャバレー」

2016年から日本でもホストによる体験プログラムを提供してきた民泊仲介世界最大手の「Airbnb(エアビーアンドビ―)」も、4月から「オンライン体験」を開始し、世界中のホストがアイデアあふれるプログラムを提供している。

 

ポルトガルのホストがデジタルキャバレーを舞台に、本格的なサングリアのレシピを手ほどきする「ドラァグクイーンのサングリアと秘密」は、開始1カ月で売り上げが1000万円を超える大人気プログラム。ニューヨーク州の動物保護区から中継する「保護されたヤギと遠隔でふれ合おう」は、異国の草原を舞台にした動物との何気ない日常が人気となっている。その気になれば、毎日異なる国を体験するバーチャル世界旅行も可能だ。

日本のホストが提供するオンライン体験では、「僧侶と瞑想」体験のレビュー数が最も多い。大阪で20年近く活動するフリーランス(特定の寺に属さない)僧侶が、2年前から約4000人のゲストに提供してきた人気体験プログラムだ。4月にオンライン化すると、3カ月で800人以上が参加した。1時間の体験料金は1500円。体験に入る前に禅や呼吸法の歴史や意味を説明、双方向で質問にも答えるので、初心者でも入りやすい。

 

瞑想体験はまずはゆっくりとマントラを唱えることからスタート、徐々にスピードが上がっていき、参加者の気分も高揚していく。座禅を組む姿勢の指導や「人が考えていることの9割が過去の失敗」といった説法もあり、終わった時には日常生活から無の境地にたどり着いたような開放感を覚えると、参加者は口をそろえて言う。

 

 

◆伝統文化体験に日本人が足を踏み入れるきっかけになった

リアルの体験イベントでは外国人観光客が対象だったが、オンラインでは何割か日本人の参加も見られるようになった。外出自粛でストレスがたまり、ヨガ教室と同じような感覚で、その解消を求めて参加したのかもしれない。伝統文化体験に日本人が足を踏み入れるきっかけになったことも、オンライン体験ならではの新しい現象だ。

 

「本当に面白い旅先での出会いは、対面だけではなく、オンラインでも可能だと考えています。通常の旅ができるように戻るまで少し時間がかかるかもしれませんが、収束後のタイミングで、オンラインで出会った街や人の魅力に、今度はリアルに繋がることができるはずです」(Airbnb日本法人の松尾崇広報部長)。

 

 

◆リアル体験が解禁されてもオンライン体験は共存していく

徐々にブームになってきたオンライン体験、その本質的な魅力はどこにあるのだろう。地域ブランディング研究所の吉田博詞代表は、観光地の体験型観光プログラム造成支援を手掛けてきた経験から、こう分析する。

 

「那智勝浦のまぐろ体験では事前にキハダマグロが送られ、さばき方やおいしい食べかたを教えてもらいました。静岡のお茶体験、和歌山や京都のオンライン宿泊体験にも参加しましたが、いずれもライブで現地の様子を教えてくれたり、参加型のコミュニケーションがあったりと、リアルのビジネスで培ったコンテンツとホストの魅力がしっかりしていればオンラインの満足度も高く、次は実際に旅行に行きたいという気分も醸成されます」

 

自粛解除後もこのリアルとオンラインを組み合わせた需要はあるとみて、運営する体験予約サイト「Attractive JAPAN」のプログラムにも、オンライン化をサポートしていくと言う。

 

オンライン体験は、新型コロナウイルスの影響で、従来のリアルツアーや体験プログラムを提供できなくなった事業者が、その代替ビジネスとして開始した。参加者の側にも、自粛疲れの解消に家から気軽に体験できるレジャーという位置づけで、時代のニーズにマッチした。印象的だったのは、取材したサービス提供者すべてが、リアルのサービスを再開できるようになっても、オンラインでの提供は続けると言っていたことだ。

 

「これまではいかにリアルな体験を再現するかということに力を注いできましたが、これからは、水族館の飼育員と水槽の中を泳ぐ、電車の運転席に入れる、といったリアルでは不可能な体験を提供していきたいです」(ガイアックス TABICA事業部 地方創生室 細川哲星室長)

 

テレビ番組「タモリ倶楽部」では、鉄道マニアの出演者が、通常ダイヤとは異なる貸切運転や整備工場の内部に入れる企画が人気だ。これまでは芸能人の特権だった「特別な許可を得て撮影しています」的なシチュエーションが、オンラインなら一般人でも疑似体験できるようになるだろう。

 

 

◆オンラインは一時的な代替手段ではない

琴平バスの山本紗希執行役員は、「オンラインは誰がやっても同じで差別化はできないと思っていたけど、そうではないと分かりました」と語る。彼女は起案当初には社内でもっぱら否定的な反応だったオンラインバスツアーを、外部観光関係者とのコーディネートで実現し、参加者のファシリテーターとしても目覚めた。鉄道マニアや城マニアのようなコアな趣味を持つ参加者同士のコミュニケーションも、きっとうまく仕切るだろう。

 

6月25日、サザンオールスターズが横浜アリーナから配信したオンライン公演は、18万人がチケットを購入し50万人が視聴した。外国人旅行者がゼロになった各ゲストハウスは、オンライン宿泊でオーナーが旅をできないゲストとの触れ合いを提供している。新型コロナウイルスで全面的に活動停止に追い込まれた各業界では、世界的なプラットフォームである「Airbnb」から個人経営ビジネスまで、オンラインを一時的な代替手段ではなく、リアルとのハイブリッドなサービスとして磨いていく、復活のシナリオを描き始めている。

 

 

 

出典:PRESIDENT

https://president.jp/articles/-/36990