日本各地のマラソン大会が「外国人ランナー歓迎」の理由

<インバウンドの波は、マラソンイベントにも押し寄せている。モノ消費からコト(体験)消費へ。外国人ランナーの需要を喚起する「スポーツ×観光=スポーツツーリズム」の潮流は、日本の地域経済活性化の切り札となるか>

 

2007年2月の東京マラソン開催をきっかけに、日本は空前のランニングブームを迎えた。この10年でマラソンの競技者人口が爆発的に増え、市民ランナーの裾野が広がったことは、誰もが皮膚感覚で感じている大きな変化だろう。

 

日本最大級のランニングポータルサイト「RUNNET」を運営するアールビーズの調査によると、日本陸上競技連盟公認コース(準拠を含む)を使用したフルマラソンの対象大会数は、2006年度の50から2016年度の79にまで増加。これに比例して、対象大会の完走人数も10万3590人から36万4546人(同一人物が複数回完走した場合は、ベストタイムのみを採用して集計)へと右肩上がりに推移している。

 

フルマラソンの大型大会だけではない。市民ランイベントを含めた大会の開催数は全体的に増え続けており、現状把握できるだけでも全国に2800以上(アールビーズ調べ)あるという。

 

その一方で、年1回以上ランニング・ジョギングをするランナー人口の推計は、2012年の1009万人をピークに2016年には893万人となり、減少傾向だという調査報告(笹川スポーツ財団調べ)もある。

 

 

走り始めてはみたけれど、今はまったく走っていない......身近なところで心当たりがある人も多いのではないだろうか。

 

過熱したランニングブームが落ち着き、継続率の高いアクティブ層が定着。スポーツマーケティングの研究者である早稲田大学の原田宗彦教授によると、「国内マラソン市場のライフサイクルは、東京マラソンの開始を導入期とすれば、成長期を経て、まさに成熟期に入ってきている」。

 

そんな成熟期にある日本で今、盛り上がりを見せつつある新しいランナー層がある。外国人ランナーだ。

 

 

 

<いま刮目すべき、新しいランナーチャネル>

前述の「RUNNET」でも近年の世界的なランニング需要の増加に伴い「RUNNET GLOBAL」(前身「RUNNET JAPAN」)という英語対応サービスを2015年から開始している。

 

アウトバウンド向けの海外大会はもとより、インバウンド向けの国内の登録大会数も増えており、サービス利用者数とともに、2017年の実績で、前年比2倍以上も伸びているという。

 

またアールビーズスポーツ財団が2017年の第6回大会から主催側として企画・運営に関わる「富士山マラソン」では、42カ国から1543人もの外国人ランナーが参加。富士山及び河口湖周辺は、そもそも訪日観光客の間でとても人気の高いエリアだが、紅葉が見頃の11月開催とはいえ、1万人規模の大会で全参加者数の16%がインバウンドという構成比の高さには驚かされる。

 

国籍別の内訳を調べてみると、台湾490人を筆頭に、香港342人、タイ224人、中国211人、アメリカ48人......と続き、主にアジア圏のランナーを中心に人気の高さを窺い知ることができる。

 

成熟期に突入した日本のマラソン市場の中で、目立ち始めたインバウンドランナーの存在感。その背景にあるものとは、一体なんなのだろうか?

 

<事例に見る、マラソンと観光資源の再発見>

国内で最も多くのインバウンドランナーが参加している大会と言えば、「東京マラソン」になる。外国人参加者数(大会公式プログラムより)は、2015年5317人、2016年6456人、2017年6258人と群を抜いた人気だ。

 

2018年は90の国と地域から参加、主な国・地域別ランキングは、台湾1049人、中国1011人、アメリカ805人、香港663人、イギリス397人となっている。

 

参加動機には、マラソンの「グランドスラム」である、世界6大メジャーマラソン「アボット・ワールドマラソンメジャーズ」対象大会であることも大きいだろう。

 

他に、準エリート(国外)基準を設けた「RUN as ONE」というプログラムで、海外からもより高いレベルのランナーが集まるようにしたり、ファンランを楽しむ海外のランナーとの交流を目的としたイベント「フレンドシップラン」を実施するなど、エリートランナーと市民ランナーが同居でき、様々な層を満足させる取り組みが用意されている。

 

 

「東京マラソンEXPO」の開催や多言語対応ボランティア、ピクトグラムの導入をはじめ、受け入れのサービスクオリティも海外から高い評価を得ている。

 

都市型マラソンのメリットである交通面でも応援する家族や友人が参加しやすくなっており、コース上の観光名所をエリア別に紹介した見所マップ(英語版もある)の配布等、地域との連携が進んでいる。訪日スポーツツーリストの消費行動も生まれやすい設計だ。

 

さらには、2017年からフィニッシュ地点が東京駅前の行幸通りに変更となり、象徴的なフィニッシュシーンの背景がインスタ映えする東京駅舎となったことをはじめ、SNSを通じて東京観光名所の魅力を世界中に発信、国外PRが効果的に生み出せるようにもなった。

 

過去2度、筆者が参加したことのある沖縄の「NAHAマラソン」も、インバウンドランナーが多い大会の1つ。2013年頃まで外国人ランナーは300~400人ほどの横ばいで推移していたが、2014年に過去最高の1132人を記録してからは、800~1000人規模の高い水準を維持している。

 

NAHAマラソンの参加目的に考えられるのは、大会前後でツーリズムを楽しめる、自然環境やホテル、食事をはじめ、リゾート観光資源が備わっている点があるだろう。

 

大会中もコース上から途切れない沿道の応援、名物バンドの演奏やダンス、黒糖やサータアンダギーをはじめ名産品を振る舞う私設エイドの充実......と、沖縄らしいもてなしによって、お祭りのような特殊な体験ができる。市民ランナー向けの適度なユルさもあって、地域の人たちとの交流も生まれやすい。

 

インバウンドが増えた要因について、NAHAマラソン協会に話を聞いたところ、大半を占めている台湾とのランナー交流も背景にあるという。

 

 

台湾のマラソン大会への沖縄市民の参加や表敬訪問等、時間をかけて相互交流が活性化していき、それに合わせてNAHAマラソンでは、英語・中国語の案内作成や通訳ボランティアの配置等、大会の受け入れ体制を強化してきたそうだ。

 

台湾第2の都市で開催される高雄国際マラソンは、こうした交流の中で誕生したもの。高雄市の関係者がNAHAマラソンに感激したことが発端となり、同大会をモデルにして一緒に作り上げたのだという。マラソン友好の輪による関係構築がインバウンド人気として、花開いているかたちだ。

 

早稲田大学の原田教授によると「中国や台湾で起きたマラソンブームも大きいですね。マラソンは、主目的となりうるコンテンツ。マラソンと観光の視点で、地域ならではの+αを組み合わせたスポーツツーリズムがまさに求められているのでしょう」。

 

モノを消費するだけではなく、旅先の文化に触れ、住民との交流を深め、旅が持つ体験価値を高めていく。そんな体験型・交流型の旅行形態への需要変化も重なっているようだ。

 

現状、日本のマラソンツーリズムはまだ発展途上であり、より多くのインバウンドランナー層を取り込んでいくには、大会や地域の魅力を戦略的に伝えながら誘致できるかが鍵となる。

 

そこで、スポーツコミッションのような誘致専門の機能が担う役割は大きくなってきている。まだ交通インフラが充実する都市型大会のほうが目立ってはいるが、地方自治体における集客や連携の取り組みの成功事例として「新潟シティマラソン」がある、と原田教授が教えてくれた。

 

新潟シティマラソンは、萬代橋や海岸線の美しい景観を走る新潟最大のランニングイベント。2018年で36回目を迎える。新潟市文化・スポーツコミッションが設立されたのは2013年だ。

 

コミッションの設立以降、観光庁やJSTA(日本スポーツツーリズム推進機構)主催による台湾でのイベントへ出展、旅行代理店と連携し、大会日程に合わせたチャーター便の手配、酒蔵見学やショッピング等の観光を兼ねたマラソンコース下見バスツアー企画も実施している。

 

大会運営側との連携も強化され、英語やピクトグラムの表示を増やし、海外ランナー専用の休憩所を設置、給食としてポッポ焼や米菓を提供している。さらには完走者にコシヒカリを使ったジャンボおにぎりの提供等、新潟らしい特色も伝えられるよう創意工夫を施している。

 

中国や台湾のランナーにも概ね好評で、参加者の口コミも徐々に広がっており、設立当初はゼロに近かった外国人ランナーが、現在では100人近く参加するまでに着実に数字を積み上げてきている。今後は海外のマラソン大会との連携や、ターゲットエリアの拡大、情報発信も強化していく予定だという。

 

 

<戦略的マラソンツーリズムに進路をとろう>

日本は、2019年にラグビーワールドカップ、2020年に東京オリンピック・パラリンピック、2021年にはワールドマスターズゲームズ関西、水泳世界選手権大会等、国際競技大会の開催が続々と控えている。

 

世界の注目が集まるメガイベントの波を活かし、それ以降の日本にどのようにレバレッジを効かせていけるかは、重要な視点だ。観戦の「みる」スポーツだけではなく、参加による「する」スポーツ文脈での価値の発信もまた、1つの活路となるのではないだろうか。

 

インバウンドランナーをはじめとする交流人口の拡大、その手段としてのマラソンツーリズムの振興は、有効な施策の1つと言えそうだ。

 

新潟シティマラソンとスポーツコミッションのケースにように地方都市においても、その土地にある観光資源を組み合わせたツーリズム商品の醸成が、地域経済活性化の糸口になるのではないだろうか。

 

もちろん、言語の壁や受け入れ地域の意識等、ボトルネックとなりそうな課題や阻害要因もたくさんある。

 

そこで問われてくるのは、自分たちのマラソン大会が、インバウンドランナーはお断りなのか歓迎なのか、何を目的として何をゴールとしているのか。すなわち、大会主催者、オーガナイザー側の姿勢そのものに違いない。

 

マラソンツーリズムをフックに知名度を高め、地域のファンになってもらう。そのチャレンジに一歩でも足を踏み出し、多くのインバウンドランナーたちが走る魅力的な大会が増えていくことを、1人のランニングファンとして願ってやまない。

 

出典:Newsweek

https://www.newsweekjapan.jp/nippon/season2/2018/04/212266_1.php